新選組の尋問とは、すなわち拷問で責めて自白させることであった。拷問場所は屯所にしている前川邸の土蔵である。 数々の不逞浪士が殴られて打たれた土蔵ではあったが、いままで局長の近藤や副長の歳三が拷問に加わったことはなかった。それがみずから鞭やささらに割った竹棒を持ち、人としてあるまじき行為だと自覚しながらもこの男を責めつづけているのは、桝屋につどっていた浪士たちの計画が、にわかには信じられないほどに途方もないものであったからだった。 〈烈風の夜を待って御所に放火し、おどろいて参内する中川宮と容保公を途中で襲い、昨年の八月十八日の政変の復讐を遂げる〉 または── 〈御所へ火をつけ、天皇を長州へお連れする〉 桝屋から押収した書状には、こんな身ぶるいするような計画がいく通りかしたためてあった。こんな荒唐無稽な策が具体的におこなわれるとはとうてい思えなかったが、しかし桝屋には火薬類が大量にあり、偽装のためだろうか、会津藩の「會」の文字の入った提灯までもがみつかったのだ。 不穏な空気がたちこめるなか、近藤はみずから桝屋の尋問をおこなった。尋常でないなにかをだれもが感じていた。 一方、桝屋は「本名は古高俊太郎である」と言ったきり一切、口を割らなかった。 いままで新選組の「尋問」に耐えきった者はひとりとしていなかった。さまざまな得物で烈しく責め、気絶をすれば水をかけて、またていねいにはじめからやりなおす。打ち疲れた執行者はつぎつぎと新しく入れ替わち、けっしてその打撃が弱まることはない。 そこへ武器などの押収品を入れて封印していた桝屋の土蔵がなにものかに破られ、甲冑や鉄砲が奪いとられたとの報告があったのだ。もはやただごとではない。 昏い目をして歳三は古高を見た。 古高はこの一刻あまり、とめどなく罵声を浴びせられ、振るう側はほとんどなんの痛痒も感じない血の通わぬ道具でその肉身を打たれつづけていた。背中は裂け、その返り血が鞭や竹刀をふるった者の顔にまで飛んでくる始末だった。 とるに足らない男だ。 天皇を奪取するなどというそら恐ろしい計画をたてている連中の一味なのだ。ここで責め殺したところで、まさか非難はされないだろう── そう、決めつけたかった。 しかし古高のその半分つぶれかけた目は憎悪にたぎって異様なまでに炯り、なんの手出しもできないくせに歳三を威嚇しようとしていた。 本音を言えば歳三は恐ろしかった。 古高のことが、ではない。古高を口を閉じたまま死ぬ気にさせている敵たちの意志が、である。そして荒唐無稽な計画を命がけで実行に移そうというその無謀でかたくなな狂気が、であった。 おれたちは、とんでもない連中を相手にしているのかもしれない……。 ぞくりと足元を冷たい手でなであげられたような気がした。 しかし歳三もまた、一歩も退かないつもりであった。 呑まれては負けなのだ。 歳三もこういう力の駆け引きは心得ている。相手をおそれているそぶりをみじんでも見せてはならない。 「やれ」 古高から視線を外さずに歳三は隊士に命じた。 あらたに替わった打ち手は力をこめて竹刀を振りおろした。 「ううっ!」 古高はまだ正気を保っているようだった。叫び声をおさえこもうとしている。そこへ間髪を入れず、歳三の鞭が古高の頬へしたたかに飛んだ。古高は声も出せないようだった。頬が裂け、あらたな血しぶきが歳三の白い顔にもかかる。 「おまえはとんだ悪党だ」 有無を言わせぬ口調で歳三は決めつけた。 「おまえたちのせいで死ぬ人間がたくさんいる。なんの罪もない女や子どもたちもたくさんいるだろう。おまえたちのやろうとしていることはそんなくだらないことなのだ」 荒げたものではなかったが、歳三の声は刺すようにきびしい。 自分がもしかしたらまちがっているのかもしれない、とわずかにでも古高に思わせることができたらそれで歳三の勝ちなのだった。 古高のように、かたくなにひとつのことを信じている者は、手間さえかければ落とすのは案外たやすかった。とくに自分の行いを正義だと信じている人間ならなおさらだった。 「おまえのようなやつは殺したほうが世のためだ。局長もおれも本心からそう思ってるが、しかたねえ、おれもずいぶんと我慢をしてるんだよ。だからいつ手加減できなくなるか保証はできねえぜ」 いましがた鞭で切り裂いた古高の頬を、今度は柄でおさえつけながら歳三は脅した。 「歯は折らねえつもりだった。しゃべれなくなったら元も子もないからな……だが、二、三本くらいなら、大丈夫かもしれねえな……」
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